乳酸菌は、古来よりヒトの生活に深く関係してきた細菌の一つであり、糖を発酵し、多量の乳酸をつくる細菌の総称です。この乳酸菌は、自然界に広く分布していますが、特に、私たちにとって身近な、発酵食品に見られ、その風味や嗜好性の向上だけではなく、その保存性の向上にも大きく寄与しています。乳酸菌が主体となって発酵されるヨーグルト、チーズ、漬物類や、清酒、味噌、しょう油等の伝統的醸造食品などが一例です。
また、乳酸菌は、乳酸発酵を行うことにより、食品の保存性を高めています。これは、乳酸菌が食品中で乳酸やさまざまな抗菌性物質を作っているからです。その中の一つに、バクテリオシンと呼ばれる、抗菌性のペプチド(たんぱく質)があり、安全な抗菌素材として注目されています。
乳酸菌由来バクテリオシンの特徴としては、
(1)耐熱・耐酸性
(2)体内に入るとすぐにアミノ酸に分解され安全
(3)一般の抗菌剤・抗生物質と比べて超低濃度(10億分の1、ppbレベル)で瞬時に殺菌する
(4)耐性菌が生じにくい
(5)MRSAやVREなどの多剤耐性菌も殺す
(6)目的の有害菌のみを殺す
(7)無味・無臭
があげられます。
当研究室では、古来より食してきた安全性の高い乳酸菌が作る抗菌ペプチド(たんぱく質)に注目し、地元企業とさまざまな共同研究を行ってきました。その成果の一つとして、最も有名な抗菌ペプチド、ナイシンAの実用化(製剤化)に成功しています。
ナイシンは、乳酸菌(Lactococcus lactis)が作る小さなたんぱく質(34個のアミノ酸からなるペプチド)です。主に、ナイシンを作る乳酸菌と近縁な細菌(グラム陽性菌)に抗菌作用を示します。その抗菌メカニズムは、対象となる細菌の細胞膜に孔を開けることにより、死滅させます。このナイシンは、3つの類縁体(ナイシンA,ナイシンZ,ナイシンQ)が存在します。1928年に発酵乳から分離された乳酸菌が作るナイシンAが最初の発見です。実用化は、1953年に英国の会社が、ナイシンA製剤を最初に販売しました。その後、1969年に国際機関 WHO/FAOで、1988年には、米国のFDAにより、その安全性が認められています。その結果、ナイシンは、世界50ヶ国以上で、安全な食品保存料として使われるようになりました。日本でも、2009年にようやく厚生労働省により、ナイシンAが食品添加物として認められています。
当研究室で使用した乳酸菌は、福岡県産の豆腐の“おから”から見つけた乳酸菌(Lactococcus lactis)で、私たちが持っている中では、ナイシンAをつくる能力が最も高い乳酸菌です。この優れた乳酸菌の発酵液から、ネオナイシンに用いる高純度ナイシンAが作られています。今後は、当研究室で保有する乳酸菌や新規分離された乳酸菌の中から、ユニークな抗菌ペプチド(たんぱく質)の発掘やさまざまな研究を通して、ネオナイシンの実用化および飲み込んでも安全な口腔ケア製品、目的に応じた安心・安全な抗菌剤の開発サポートを行っていきます。
1982年京都大学大学院工学研究科修了。同年京都大学工学部助手、1990年九州工業大学助教授、1993年九州大学助教授、2001年教授となり現在に至る。天然ペプチド「バクテリオシン」の研究に関し過去約20年にわたり従事。基礎から応用まで幅広い研究を展開、これまでに多くの業績を収めている。主な研究業績は、新奇バクテリオシンの発掘とその実用化研究、ランチビオティック工学の創成研究である。さらに多くの産官学連携プロジェクトなどを推進し、バクテリオシンの食産業や医療への実用化研究も精力的に行っている。バクテリオシンという新奇生物活性物質のシーズ発掘から具体的な社会的意義のある有効利用まで踏襲した功績を生物工学分野に収めている。
体内に寄生する微生物種はおよそ700種ですが、その中で口腔にはおよそ500種の微生物が存在しています。口腔に存在する細菌は口腔内細菌と呼ばれ、唾液中におよそ1ml当たり1億個もの細菌が存在しています。口腔内細菌の多くは人体には無害ないわゆる“非病原性細菌”ですが、一部その中には“病原性細菌”と呼ばれるう蝕(虫歯)原因菌、歯周病原因菌、黄色ブドウ球菌などの細菌やカビの一種であるカンジダ等の微生物が存在しています。しかし、通常はこのような病原性細菌はごく少数であるため、何ら問題とはなりません。
しかし、歯磨きなどを怠ると、歯面に細菌が付着し、増殖することで種々の細菌種から形成される大きな菌の塊ができます。これがいわゆるデンタルプラーク(歯垢)と呼ばれるものです。デンタルプラークが形成されることで、う蝕(虫歯)や歯周病の発症につながっていきます。う蝕は歯牙に欠損をもたらす病気であり、歯周病は歯を支持する組織を破壊する病気ですが、いずれも細菌感染症なのです。したがって、う蝕や歯周病を予防するにはデンタルプラークを形成させないことが重要となります。
また、最近ではこのような口腔内の病気が全身にも影響を与える、あるいは病気をもたらすことが報告され、着目されています。例えば、歯周病は本来歯周組織の病気ですが、動脈硬化症、糖尿病、胎児への影響などが指摘されています。したがって、口腔の健康は全身の健康に関連するという考えが急速に広まっています。
口腔内には非常に多くの細菌が存在していますが、これらの細菌は互いに共生・拮抗しながら、そのヒト固有の細菌叢を形成しています。バクテリオシンとは本来、細菌の産生する抗菌性物質の総称であり、非常に多くの細菌種がそれぞれ固有のバクテリオシンを産生しています。細菌はバクテリオシンを産生することで他菌の増殖を抑え、自身の増殖の場を確保しようとします。ネオナイシンに用いられるナイシンAは乳酸菌の産生するバクテリオシンですが、非常に安全性が高い抗菌性物質として着目されています。
う蝕・歯周病等の口腔の病気を予防するには歯磨きをしっかり行い、デンタルプラークを作らない、いわゆる“プラークコントロール”を励行することが重要です。しかし、しっかりとした歯磨きを行うことはなかなか難しく、また寝たきりの高齢者や体に不自由がある方々にとって歯磨きは非常に困難です。そうした際には抗菌剤含有の洗口剤を使用することで効率の良いプラークコントロールが期待できます。しかし、現在市販の多くの洗口剤は飲用すると良くない面もあり、その使用は限局されます。しかし、飲用しても安全な抗菌剤であるネオナイシンは非常に安心して広汎に使用できるう蝕・歯周病予防剤であると考えます。
またネオナイシンは、デンタルプラークの形成に重要な菌であり、う蝕原因菌として知られているミュータンスレンサ球菌に対して強い抗菌力を発揮することが明らかになっています。このミュータンス菌を排除することでデンタルプラークの形成が抑制され、う蝕・歯周病の予防につながっていきます。
当研究室では主として口腔内細菌の産生するバクテリオシンに着目し、口腔内常在細菌叢に及ぼす影響、う蝕・歯周病予防を目指した創薬について日々研究しており、私達の研究成果が将来的には口腔の健康ひいては全身の健康につながることを期待しています。
1992年広島大学大学院歯学研究科修了。同年広島大学歯学部助手。2000年広島大学歯学部助教授。2008年鹿児島大学大学院医歯学総合研究科教授。現在に至る。
所属学会:日本細菌学会、日本歯科基礎医学会、専門分野:細菌学、口腔細菌学、基礎化学療法学
研究テーマ:先天性免疫機構における抗菌ペプチドの役割に関する研究、口腔ケアに関する研究、黄色ブドウ球菌の薬剤耐性および病原性因子に関する研究、歯周病原因菌の病原性因子に関する研究、院内感染菌の分子疫学解析の研究
九州大学大学院歯学研究院博士課程 予防歯科専攻
所属学会:日本細菌学会、歯科基礎医学会、専門分野:口腔細菌学 細菌学
研究テーマ:細菌の二成分制御系とバクテリオシンの関連性に関する研究、細菌の糖代謝機構に関する研究
口腔は、全身の健康を保ためにとても重要な器官です。特に、健康寿命と口腔には密接な関係があります。健康寿命とは、日常で介護を必要とせず自立した生活のできる期間を指します。厚生労働省は今年、始めてその数値を発表しました。2010年の平均は男性70.42歳、女性73.62歳でした。一方、同じ2010年の平均寿命は男性79.55歳、女性86.30歳で、両者の間に男性約9年、女性約13年のギャップがあります。これは、介護などを必要とする期間にあたります。厚生労働省は、運動や食習慣を改善することで健康寿命を1.6歳以上のばすことを提案していますが、高齢になるとどうしても認知症や寝たきりといった問題が生じます。
この問題に口腔、つまり口や歯の健康が深く関わっています。自分の歯がたくさん残っていると、全身疾患のリスクが低く、長生きであるというデータが、数多く報告されています。今後、日本でますます課題となると思われるのが認知症ですが、これと歯との関係が報告されています。健康な歯が多いこと、あるいは歯が残っていると認知機能が維持されていることが知られています。
また、高齢の方にとって肺炎は深刻な疾患です。日本人全体の死因に占める肺炎の割合は約10%ですが、そのうち96%までが65歳以上の高齢者です。高齢になると飲み込む機能(嚥下機能)が低下するため、誤嚥性肺炎が原因で亡くなる人が多いからです。そうしたことから、口の中をきれいにする口腔ケアをおこなうと、肺炎の予防になります。このように、超高齢社会の中で益々、口腔ケアの重要性は高くなり、そのための有効なツール、具体的にはうがい薬や清掃器具のニーズが益々高まっています。乳酸菌由来の抗菌ペプチドによる口腔ケア製品は世界にも類を見ないもので、大変有望なものであると考えています。今後ネオナイシンのさまざまな使用可能性も含め、からだに優しく効果の高い口腔ケア製品の開発をサポートして行きたいと考えています。
専門分野:血管生物学、歯科保存学、歯周病学、口腔免疫学、口腔細菌学、老年歯学
現在の研究テーマ:口腔感染症、特に歯周病の感染制御法の開発、健やかに老いるための口腔の健康増進法の開発
客員教授:東北大学大学院歯学連携講座長寿口腔科学講座(2007年4月1日~),北海道大学大学院歯学連携講座長寿口腔科学講座(2010年4月1日~),鹿児島大学大学院医歯学総合研究科連携講座長寿口腔科学講座(2011年4月~),九州大学歯学大学院地域口腔保健推進講座(2012年7月~)等非常勤講師:広島大学歯学部(2005年4月1日~)
乳酸菌が作る天然の抗菌ペプチド(たんぱく質)、ナイシンAは、一般的に大量の塩を投入し、たんぱく質を沈殿させる塩析法で製造されています。そのため、ナイシンA以外のたんぱく質や塩分が多く含まれ、味への影響が懸念されます。口腔用化粧料として利用する目的では好ましくありませんでした。
バイオベンチャーでの10年間の研究を経て、味にほとんど影響しない新しい高純度化分離技術を開発しました。「高純度ナイシンA」は、病原性の黄色ブドウ球菌や虫歯菌などのグラム陽性菌に対して強い抗菌効果を示すことが確認されていますが、大腸菌や歯周病原因菌などのグラム陰性菌に対する抗菌効果がないといった弱点を持っています。そこで、さまざまな天然物質の選定試験より、植物由来の「梅エキス」を選定しました。「梅エキス」は、古来より抗菌性があると言われていますが、一定の濃度が必要であるため、口腔用途には適さない強い酸味を示します。味に影響しない濃度では、抗菌効果は示さなくなります。このように、単独ではグラム陰性菌に対して抗菌効果を示さない物質でありますが、研究を重ねた結果、「高純度ナイシンA」のグラム陰性菌に対する抗菌効果が認められる必要最低限の「梅エキス」配合比を見出しました。この独自配合比の天然抗菌剤が「ネオナイシン」であり、今まで効かなかったグラム陰性菌に対する抗菌効果と味への影響の少ない新しい口腔用抗菌剤として製剤化しました。
「ネオナイシン」は、口腔内病原菌を減少させる効果のある天然成分100%の抗菌剤でありますが、誤飲で摂取した場合でも体内消化酵素で速やかにアミノ酸に分解され安心である点に大きな優位性を持っています。これは、環境中に排出された場合も同様で、土壌中でアミノ酸にまで生分解されるため、生物生態系の一つの栄養物質として循環し、環境に調和した優しい抗菌剤ともいえます。「ネオナイシン」は、飲んでも安心でありながら、瞬時に虫歯菌、歯周病菌への殺菌効果のある天然原料として有効活用が期待されています。今後は「ネオナイシン」を用いた、要介護高齢者・重度心身障害者のための口腔ケア製品を開発し、お困りになっている多くの方のニーズにお応えできるような取り組みを計画しています。
福岡県出身。1995年北海道大学農学部卒業後、ケミカル会社で食品環境向けサニタリー商品(抗菌剤)を、 2000年には化粧品会社でヘルスケア化粧品の研究開発を経て、 2002年食品会社で乳酸菌が作る天然ペプチド「ナイシン」に出合った。多くの産学官連携プロジェクトを推進し、 2007年九州大学園元教授と共に「ナイシン」を核としたベンチャー会社(クォーク・バイオLLP)を設立。10年間の「ナイシン」の研究を経て、ナイシンの弱点を克服した新しい天然の抗菌剤の開発に従事。2012年(株)優しい研究所を設立。
東京都出身。1993年明治大学法学部卒業後、株式会社内田洋行、トーマツコンサルティング株式会社等での勤務を経て、2005年ベンチャー企業にてオーガニック化粧品ブランド「アグロナチュラ」の立ち上げを行う。ゼロベースからの事業開発を行い発売後9ヶ月にて市場価格で約10億円の日本を代表するブランドとし株式上場に貢献。2006年(株)トライフを設立し様々な事業の立上げに従事。また2009年一般社団法人セルザチャレンジの立上げを行い、障がい者の仕事創出の支援活動も開始。共著書「マーケティング戦略ハンドブック」(PHP研究所)中小企業診断士